〜 仁 王 談 義 〜伊 集 院 町 妙 円 寺 の 仁 王 様
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〜 きのう きょう 〜妙 円 寺正しくは法智山妙円寺という禅宗のお寺である。伊集院の城主、長門の守忠国の第十一子、石屋真梁禅師が、長州藩主大内義弘の亡息女、法智妙円大姉の霊をとむらうために創建した寺である。 今から六百年前のこと。 × × × 石屋禅師はひとり薩摩藩だけでなく、日本に知られた高僧で教えを受けた者は千人を越え、それぞれ寺を建て、、妙円寺は本山として栄えた。 島津義弘公も参禅し、生前にみずからの菩提寺として定め崇敬していた。 いま徳重神社にご神体として奉置されている島津義弘の木彫の像も、この妙円寺にあったもので、明治二年の仏教弾圧政策がとられ廃寺になるまで「妙円寺参り」はこのお寺に参拝する行事であったわけだ。 × × × 廃寺になったあと、徳重神社が県社として建てられ、行事は神社に引き継がれた。 一方妙円寺はその後再興され、山門の石像も復活した。 昭和十一年五月十一日には、島津忠重の書で「開山石屋真梁禅師碑」が、高さ四bの大自然石で建てられ、碑銘は陸軍大将、町田経宇氏が書いた。今もなお妙円寺の入り口にある。 「妙円寺参りというけど、なぜ徳重神社に行くのだろうか・・?」と疑問を持った小学生がいたが、島津義弘公〜妙円寺〜徳重神社の間にはこのような関係があるのだ。 (原文のまま) (伊集院) S.45.4.2 南日本新聞 |
〜 伊集院の史跡たどる 〜N P O 「 文 学 散 歩 」 に 35 人
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